疑念の中に<落ちて>いく――あの日、あの場所で、いったい何があったのか?
第76回カンヌ国際映画祭で<最高賞>パルムドールを受賞し、第81回ゴールデン・グローブ賞では作品賞(ドラマ部門)、主演女優賞(ドラマ部門/ザンドラ・ヒュラー)、脚本賞、外国語映画賞の4部門にノミネート。
監督は、長編映画4作品目となる本作でパルムドールを獲得したジュスティーヌ・トリエ。主人公サンドラ役には、本年度映画賞レース主演女優賞の最有力候補となっているザンドラ・ヒュラー。カンヌで国際批評家連盟賞を受賞した『ありがとう、トニ・エルドマン』(16)など、演技派で名高い彼女は、作家としての知的なポーカーフェイスの下で、底なしの冷酷さと自我を爆発させる圧巻の演技で、観客を一気に疑心暗鬼の渦へと引きずりこむ。本国フランスでも瞬く間に動員100万人超えの大ヒットを記録し、カンヌ国際映画祭で審査員長を務めた奇才リューベン・オストルンド監督から「強烈な体験だった」と破格の称賛を得たヒューマンサスペンスがいよいよ日本に上陸!
人里離れた雪山の山荘で、男が転落死した。はじめは事故と思われたが、次第にベストセラー作家である妻サンドラ(ザンドラ・ヒュラー)に殺人容疑が向けられる。現場に居合わせたのは、視覚障がいのある11歳の息子だけ。事件の真相を追っていく中で、夫婦の秘密や嘘が暴露され、登場人物の数だけ〈真実〉が現れるが――
フランスの美しい雪山の山荘で、ある日息子は父の死に直面する。驚き泣き叫ぶその姿は痛ましいが、すぐに謎へと引き込まれる。現場ではうるさいほどの音楽が鳴り続け、場にそぐわない。
死の状況はあらゆる点で不可解だった。息子はうちひしがれ、妻は自殺ではないはずだと主張する。息子のために、夫は自殺などしないと彼女は述べた。そして妻サンドラは殺害の容疑をかけられてしまう・・・
事件当初から、この家族にとって非情な展開が続く。子どもには父、妻には夫という存在が突然他界するというだけでもショッキングだが、その出来事が殺人と疑われ、その妻自身が、子どもにとっては残された肉親である母が容疑をかけられてしまうのだ。
日を追って法廷で暴かれる家族の背景や内情が生々しい。検察側は妻を殺人容疑者として容赦なく追い詰めようとする。妻サンドラは突然夫を失った悲劇の渦中、あろうことか自分が彼を殺害した犯人と疑われるのである。
もちろん謎は一筋縄ではいかない。裁判が進むにつれ、妻の疑わしい部分があれこれと浮かび上がる。家族の背景や過去の揉め事など、プライベートな事情が法廷で暴露され世間の関心を煽る。
サンドラが潔白であるかどうかは判断がつかない。しかし無実かもしれない人を犯人と決めてかかる法廷の場面はぞっとする。百戦錬磨の検察側はあらゆる材料を持ち出し、憶測や推測をあたかも事実のように述べ立て彼女を糾弾するのである。
妻であり母という立場の私自身はどうしてもサンドラの側に身を置いてしまうが、本当に悪夢のような状況である。
クールで理知的、才能ある人気作家でもあるサンドラは冷静さを失わずに状況に対処しているように見えるが、冷徹なまでの強さを持ち合わせたゆえに彼女は窮地に追い込まれる。
観客がサンドラの無実を判断できないように、法廷を通して息子も母を信じきれずに苦しむが、そんな中での彼の選択が裁判の行方を左右する大きな見どころとなる。
法廷を通して夫婦の軋轢や家族の苦難、金銭問題など、はたから見れば想像もつかない事情が複雑に描かれるが、どこの家庭も外からはうかがい知れない問題をかかえているのも現実である。人の抱える光と闇が幾重にも詰まった人間ドラマの秀作である。
監督:ジュスティーヌ・トリエ
脚本:ジュスティーヌ・トリエ、アルチュール・アラリ
出演:ザンドラ・ヒュラー、スワン・アルロー、ミロ・マシャド・グラネール、アントワーヌ・レナルツ
配給:ギャガ
原題:Anatomie d’une chute|2023年|フランス|152分
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