本作、ブロードウェイ再演版『シラノ・ド・ベルジュラック』は、エドモン・ロスタンによる戯曲であり、2007年にリチャード・ロジャース劇場で上演された。プレビュー公演は10月12日から始まり、オープニングは11月1日で翌年1月6日に幕を閉じた。トニー賞作品『NINE』、『屋根の上のヴァイオリン弾き』等でも有名な奇才デヴィッド・ルヴォーが演出を務めている。1897年のエドモン・ロスタン戯曲を、アントニー・バージェス(『時計じかけのオレンジ』他)が脚色・脚本翻訳した。主人公シラノ・ド・ベルジュラックをケヴィン・クラインが演じている。相手役ロクサーヌにジェニファー・ガーナーが、シラノに助けられる若者クリスチャンをダニエル・サンジャタが演じる。
「恋愛とは言葉の賛美である」
シラノ・ド・ベルジュラック。不思議な男である。その外見とは違い、どんな女性をも魅了する恋文を、世界一達筆な詩人のように綴り奏でる。初演から123年、多くの俳優達が、この「シラノ」を演じて来た。
今回の『シラノ・ド・ベルジュラック』について、特筆すべきはシラノ役主演のケヴィン・クラインの存在であろう。近年では、映画「美女と野獣」ヒロインであるベルのお父さん役としても脚光を浴びた。彼の凄いところは“演技の感情を目線からコントロールする”その力量にある。是非とも劇中で彼の目線に注目してもらいたい。言葉無くともその目線が“語る”のである。最愛の人であるロクサーヌ(ジェニファー・ガーナー)を見つめる時のシラノの眼差しに親しみを覚え、恋敵(!?)であるクリスチャン(ダニエル・サンジャタ)へのシラノの目遣いに、いじらしさを抱く。ケヴィン・クラインの「シラノ」は、正に我々が日常で体験をしている感情を表す、親近感に満ちた鏡なのである。
演出を手掛けたデヴィッド・ルヴォーへも拍手を送りたい。本舞台は123年前が初演である。1つ間違えると古典の特徴が全面に出て、観客を選んでしまう場合もある。しかしそこは、イギリスが生んだトニー賞受賞作品演出家、奇才ルヴォーである。先程「目線」の話を書いたが、ルヴォーも又、視感を大切にする芸術家だと随所に感じる事が出来る。衣装・大道具・小道具・舞台セットに至るまで、まるでニュー・クラシカルなファッションショーのランウェイを楽しんでいる気持ちになる。それでいて、『シラノ・ド・ベルジュラック』本来の物語が持つ普遍性をしっかりと描いているから、お見事の一言である。
ロクサーヌ役のジェニファー・ガーナーは、ハリウッド女優の中でもアクション・シーンに特に定評がある。それは、映画「エレクトラ」でも証明済みだろう。ガーナーの剣さばきは目を見張るものがある。本劇中でもそれが証明されるシーンがあるのでご堪能頂きたい。ロクサーヌの持つ純真さとガーナーの活発さは、その直向きさに、観ている者に勇気を与えてくれるのである。それは、 映画「プラダを着た悪魔」でも印象深い、ハンサムで美しい青年・クリスチャン(ダニエル・サンジャタ) へも同じ事が言える。恋する者はいつの時代も「直向き(ひたむき)」なのである。シラノを中心としたこの悲恋劇の結末を、涙を拭わずに目撃して頂きたい。熱中すべきは恋する自分の思いではなく、恋する相手の気持ちなのである。 巧みな言葉で最愛の人に尽くすシラノへ、賛美の言葉を送らずにはいられないだろう。本作品で是非、シラノと共に約2時間の「ラヴ・レター」に酔いしれて頂きたい。
フランス軍隊に所属し、繊細な詩を綴り、人生観・世界観を多いに語り、剣術の達人であるシラノは、気が強く美しいロクサーヌに恋心を抱いている。しかし、自分の見た目に自信が持てず告白する事が出来ない。その時、ロクサーヌが友人のクリスチャンを慕っている事を知り、美青年ではあるが勘がにぶいクリスチャンの代行で、ロクサーヌへラヴ・レターを書き続ける。そして、とうとう本当の事がロクサーヌへ伝わってしまう…。
123年前、1897年パリで初演されたという有名な舞台「シラノ・ド・ベルジュラック」がスクリーンで鑑賞できるとは朗報である。個人的にはフランス語で観たいと感じたのはお約束ながら、今回はブロードウェイバージョンだという。
舞台鑑賞は大好きだが、いまだ敷居の高いことも事実である。札幌にもいくつもの劇場があるものの、いつどこでどのような作品が上演されているものか、大々的な広告を行うところばかりではない。まずは情報収集からしてお手軽ではない。
情報も乏しく、鑑賞者も相対的に少ないものであるから、映画のように前評判を知ったうえで、気軽に友人知人を誘ってゆけるものでもない。内容もクォリティーも未知なまま、ギャンブルのごとく劇場へ足を運ぶケースも少なくはないだろう。
その点「シラノ・ド・ベルジュラック」は歴史も評判も折り紙付きの名作とされている。内容は特に知らなかったが、題名だけは聞いたことがあった。かといって鑑賞が可能かと言えば、有名作品といえどもその舞台の催される地域やタイミングはごく限られているので、おいそれと機会はないのが現実である。そういった背景から、歴史ある舞台作品を映画館で知ることができるのは稀有なチャンスというものである。
ミュージカルが映画化された作品はいくつか観たことがあったが、それらはやはり「映画」仕立てであるのが普通だ。
今回の「シラノ・ド・ベルジュラック」は舞台で演じられているものをそのままフィルムにおさめたような臨場感があった。
正直、鑑賞はじめは違和感があった。クラシックな劇場と客席、舞台が映し出され、見慣れた映画の世界とはまるで異なるのだ。客席の拍手や笑い声もそのまま再現される仕様となっている。
舞台の感覚に入り込めないうちは調子が狂うのだが、キャラクターやストーリーを認識するにつれ舞台の中に引き込まれ始める。やはり主役のシラノを演じるケヴィン・クラインの力量にリードされるところが大きい。
主人公のシラノは頭脳明晰で腕っぷしも生半可ではない破天荒な軍人だが、容姿へのコンプレックスが強すぎて、恋愛に関してはことごとく臆病な腰抜けとも言える。
そんなシラノのいびつな恋模様はユーモラスでコミカルで喜劇要素が強いのだが、次第にシリアスな展開に緊迫感が漂い、振れ幅の大きい物語である。
役者陣のテンポの良い演技に支えられ、笑いを誘われる場面も多々ある。歴史ある舞台作品ながら、ウィットに富んだ会話は現代に生きる私達にもじゅうぶん楽しめて、通常ならば敷居の高い舞台作品をスクリーンで味わえることは非常に有り難い試みである。
いつか、実際の舞台を鑑賞しに劇場を訪れてみたい。そんな気持ちを抱かせてくれる良作であった。
シラノ・ド・ベルジュラック役 ケヴィン・クライン
ロクサーヌ役 ジェニファー・ガーナー
クリスチャン・ド・ヌーヴィレット役 ダニエル・サンジャタ
ラグノー役 マックス・ベイカー
リニエール/テオフラスト・ルノード役 ユアン・モートン
ド・ギッシュ伯爵役 クリス・サランドン
ル・ブレ役 ジョン・ダグラス・トンプソン
ロクサーヌの侍女/修道女マルト役 コンチータ・トメイ
原作 エドモン・ロスタン
翻訳・脚色 アントニー・バージェス
演出 デヴィッド・ルヴォー
配給:松竹
〈米国/2007/ビスタサイズ/141分/5.1ch〉日本語字幕スーパー版
公式サイト
ⓒCarol Rosegg
「松竹ブロードウェイシネマ」とは?
現代の舞台の本場はやはりアメリカ・ニューヨークのブロードウェイ。でも、そう簡単にニューヨークへ足を運ぶ事はなかなか難しい。そこで、お手頃な価格でゆったりと本場ブロードウェイの舞台を中心に数々の傑作を映画館でお楽しみ頂きたい―そんなコンセプトから誕生したのが、「松竹ブロードウェイシネマ」。松竹は映画や歌舞伎・演劇、その他沢山のエンターテイメントを扱っている、言ってみれば「総合芸術」な会社。だから映画と舞台の融合だって不思議じゃない。日本映画史上初で、ブロードウェイの舞台を松竹が“映画館”から皆様へ、《最高な形》でお届けします!