偉大なる世界的な作家と、彼の創作を慎ましく支えてきた完璧な妻。誰の目にも理想的なおしどり夫婦に見えたふたりの関係は、夫がノーベル文学賞を受賞したことをきっかけに揺らめき、静かに壊れ始める…。
毎年スウェーデンのストックホルムで華やかに行われるノーベル賞授賞式を背景に、人生の晩年に差しかかった夫婦の危機を見つめる本作は、男女間の機微をリアルかつ残酷にあぶり出す心理サスペンス。夫婦が隠し続けてきた、重大な”秘密”とは何なのか。夫への愛と憎しみの狭間で引き裂かれた妻は、世界中の注目が集まる授賞式でいかなる”決断”を下すのか――。ハリウッドの実力派キャストが集結し、夫婦の絆や人生の意味を問う深遠なドラマを体現。アカデミー賞6度ノミネートの実績を誇る大女優、グレン・クローズの繊細にして凄味に満ちた演技だが、残念ながらオスカー獲得はできなかった。
。
現代文学の巨匠ジョゼフと妻ジョーンのもとに、ノーベル文学賞受賞の吉報が届く。ふたりは息子を伴い授賞式が行われるストックホルムを訪れるが、ジョゼフの経歴に疑問を持つ記者ナサニエルから夫婦の“秘密”について問われたジョーンは動揺を隠せない。
実は若い頃から豊かな文才に恵まれていたジョーンだったが、あることがきっかけで作家になる夢を諦めた過去があった。そしてジョゼフとの結婚後、ジョーンは彼の“影”として、世界的な作家の成功を支えてきたのだ。
ずっと心の奥底に押しとどめていたジョゼフへの不満や怒りがジョーンの中でわき起こり、長年共に歩んできた夫婦の関係は崩壊へと向かう。
そして授賞式当日、彼女はこれまで通り慎ましくい完璧な“天才作家の妻”を装うのか。
それとも本当の人生を取り戻すために、衝撃的な“真実”を世に知らしめるのか・・・・・。
1990年代アメリカ。才能ある作家ジョゼフ・キャッスルマンのもとへ、ノーベル賞受賞を知らせる電話がかかってくる。物語はジョゼフの妻、ジョーンの視点で描かれる。
ジョゼフとジョーンの長年連れ添った夫婦の姿も興味深い。ジョゼフは若い時代からエネルギーにあふれ、魅力的な人物として描かれている。堂々とした物言いや佇まいも自信に満ちていて、スピーチも上手く人を惹きつける。その反面、女性に手が早く浮気癖もある。
長年の夫婦関係を経てジョーンに映るジョゼフはなにかと苛立ち気に障る存在でもある。高年の夫婦のあり方やその子供たちとの関係性にも家族のドラマが満載である。
主役は妻のジョーンであるが、私はむしろジョゼフの内面をもっと掘り下げて欲しく思った。彼が作家として、男性として、かつ夫、父親としての立場や心情はこの上なく数奇なものに映るからだ。
ジョゼフは傲慢、狡猾、浮気性で厄介な夫のように描かれもするが、それは妻のジョーンの悩みや葛藤を際立たせるための演出のように映る。ジョーンとジョゼフは互いを必要としており、多くの夫婦にありがちな話であるが、依存し合う関係でもある。
ジョゼフの伝記を書きたいというジャーナリストのナサニエルは、この夫婦についてある疑惑を抱いていた。ナサニエルがジョーンをパブへ誘い出す場面があるのだが、彼と彼女の会話シーンはスリリングな見せ場でもある。
映画を観終えてから、ナサニエルを演じていたのが50代にさしかかろうとしているクリスチャン・スレーターだということを知って驚いた。私が子供の頃から知っていた俳優だが、かつては若くやんちゃなお兄ちゃんというイメージだった。
プライベートでも警察沙汰や女性問題等、トラブル満載の役者だったが、年齢相応の風貌になったものだと妙な感慨を覚えた。この作品では華のある役どころではないものの、存在感はさすがである。
ジョーン、ジョゼフ夫婦の闇と葛藤、息子の不信やコンプレックス、ジャーナリストとの緊迫感ある会話、大舞台であるノーベル賞でのうかがい知れない裏事情など、本作は上質なドラマが詰まっている。人の暗く深い部分を味わえる大人の作品である。
原題:THE WIFE
監督:ビョルン・ルンゲ
脚本:ジェーン・アンダーソン
出演:グレン・クローズ、ジョナサン・プライス、クリスチャン・スレーター
2017年/スウェーデン、イギリス、アメリカ合作/英語/101分/シネスコ/カラー
配給:松竹
公式サイト
©META FILM LONDON LIMITED 2017