アジア16の国と地域で社会現象を巻き起こした大ヒット作『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(2017)が、アカデミー賞®作品賞受賞スタッフの手によってハリウッドでリメイク。
オリジナル版では巧みな脚本とスリリングな展開が熱狂的な口コミを呼び、2018年の日本公開時も満席が続出。今回のリメイクでは、舞台をアメリカの地方都市に移し、リアルな格差社会と新たなヒロイン像を描き出す。
主人公リンを演じるのは、スティーヴン・ソダーバーグ監督のホラー映画『プレゼンス 存在』で注目を集めた新星カリーナ・リャン。相棒となる努力型秀才バンク役には、Z世代から絶大な支持を得るジャバリ・バンクス。リンの父親役には、『アベンジャーズ』シリーズでおなじみのベネディクト・ウォンがキャスティング。
監督・脚本は『ルース・エドガー』のJ・C・リー。共同脚本はMCU新作『キャプテン・アメリカ ブレイブ・ニュー・ワールド』を手がけるジュリアス・オナー。
製作には『コーダ あいのうた』のパトリック・ワックスバーガーが参加しており、話題と実力を兼ね備えたスタッフが集結している。
本作ではオリジナルとは異なる“新たなラスト”が用意されており、社会派サスペンスとしての深みをより強めている。
リンは、貧しい家庭に生まれながらも全科目で学年トップの成績を収める天才的な女子高生。名門校に特待生として入学した彼女は、ある日、親友のために試験中に独創的な手法で解答を伝え、高得点を取らせてしまう。
その出来事がきっかけで、親友の恋人であり富豪の息子から、“カンニングビジネス”の持ちかけを受ける。クラスの劣等生たちに試験で高得点を取らせ、報酬を得るという計画だった。
リンのずば抜けた記憶力と分析力、バンクの几帳面な計画性を武器に、ふたりは一気に頭角を現す。しかしそれは、想像を超えた“国際規模の試験不正”へと発展していく――。
これは、格差社会のなかで頭脳を武器に運命を変えようとする若者たちの、危険でスリリングな青春ドラマである。
アメリカが描く“賢すぎる高校生たちの犯罪”の物語は、一見すると、学園モノの王道に見える。天才女子高生と彼女の仲間たちが、巧妙な手口でカンニングを繰り広げる――それだけ聞けば、軽妙な青春サスペンスのようだ。しかし本作は、ただのリメイクではない。オリジナルのタイ映画が持っていた“階級格差”というテーマを、そのままアメリカの分断社会に着地させ、より重たく、より鋭くアップデートしてきた。
主人公のリンは、アジア系移民家庭に生まれた努力型の秀才。家庭は決して裕福ではないが、ひたむきな姿勢で名門高校の特待生となる。そんな彼女が踏み込むのが、試験の成績を“売る”ビジネス。理由はいつも正当だ。親友のため。お金のため。だが、正当化の言葉の裏で、自分の倫理が少しずつ削られていくことに、彼女自身も気づかない。
相棒となる男子バンクは、リンとは正反対のタイプ。どこか軽やかで、ちゃっかりしている。ふたりの関係性は、友情ともビジネスパートナーとも言い切れない曖昧さがある。そのズレが、徐々に不穏な空気を生む。
特徴的なのは、登場人物たちの“顔ぶれ”だ。リンはアジア系、バンクはアフリカ系。今や、かつてのように白人だけで描かれる青春劇ではなく、多様な背景を持つ若者たちが主役となる時代である。
それが良いか悪いかではなく、これが“今”ということ。ポリコレ的と切り捨てるには、彼らが置かれた境遇があまりにリアルだ。教育格差、家庭の経済状況、親の職業。どれを取っても、この社会に「自力だけでのし上がれ」と言うのは酷であると突きつけてくる。
とはいえ、本作は説教くさい作品ではない。むしろ映画としてはとてもエンタメ性が高い。試験中の“仕掛け”はどれも緻密でスリリング。あらかじめ席を操る、鉛筆の動きをコードに変える、消しゴムの落とし方で合図する。そうしたディテールに込められた工夫が、観客の知的好奇心をくすぐる。
その一方で、見終わったあとに残るのは、不思議な虚しさだ。「頭がいい」という資質が、“ズルをする能力”としてしか評価されない社会。努力や誠実さでは勝ち残れない現実。それを彼女たちは身をもって示す。誰かの悪意や暴力で破滅するわけではない。崩壊は、いつも自分の中から静かに始まる。
オリジナルとは異なる“新たなラスト”も用意されている。ここでは詳細は避けるが、あの決断は、果たして“正解”だったのか。それとも、他に道はなかったのか。観客の中に残るざらついた問いこそが、この映画の核心かもしれない。
決して重苦しくはないが、軽く笑い飛ばせるような内容でもない。だからこそ、観る者の立場や経験によって、まったく違った印象が残る映画だと思う。学生時代に試験と格闘した人なら、誰もが一度は味わった“ズル”への誘惑。その背中を押されたらどうなるのか。答えの出ない問いを、静かに投げかけてくるようだ。
監督:J・C・リー
脚本:J・C・リー ジュリアス・オナー
出演:カリーナ・リャン ジャバリ・バンクス AND ベネディクト・ウォン
上映時間:97分 <PG-12>
©Stewart Street LLC
配給:ギャガ
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