主人公・平山のささやかな日常の幸せを淡々と描いた。ベンダース監督が渋谷区のトイレ改修計画「THE TOKYO TOILETプロジェクト」の一環として製作。第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、主演の役所広司が日本人として柳楽優弥以来19年ぶり2人目となる男優賞を受賞。さらに、同映画祭エキュメニカル審査員賞を受賞した。
トイレ清掃員の平山(役所広司)はアパートで1人暮らし。規則正しく日々を送っている。単調な日々でも、さまざまな人たちと関わっている。東京でトイレの清掃員として働くというシンプルな生活に満足している。日常生活以外では、音楽と本への情熱を持ち、木が好きで写真を撮っている。しかし、思いがけない出会いによって、彼の過去が徐々に明らかになっていく。
「パリ・テキサス」で知られるドイツの監督ビム・ベンダースの作品。
端的な言葉で表すなら映画らしい映画と言えるのではないだろうか。
主演は日本の名優、役所広司。カンヌ国際映画祭では見事男優賞を受賞している。
大都会東京の片隅でトイレ清掃員をしながら静かに暮らす寡黙な男、平山。朝起きて寝るまで毎日同じルーティンで生活している。部屋には休日に買う古本以外一切の娯楽がなく、質素な生活を真面目に淡々と過ごす平山だが、不思議と飽きることなく引き込まれる。
また、役所広司演じる平山のセリフは極端に少ない。ほぼ表情のみで語っている。とても難しい役柄だとは思うが、日本人である我々には本来備わっている役所広司本人のオーラが見えてしまっているのだろう、ドキュメンタリー調である本作だが、やはりどうしても役所広司は役所広司である。
個人的にはトイレ清掃員にスポットを当てている点が外国人監督らしいなと思う。
日本の公共トイレの綺麗さは外国では考えられないらしい。ここ数年では趣向を凝らした外観にこだわっている公共トイレも増えつつある。そんなトイレが本作ではいくつも登場するので外国人の観客にとってはとても興味深く映るだろう。
余談だが、日本では当たり前にある温水洗浄便座が何故いつまでも海外で普及しないのか、理由はいくつかあるが、日本の水が軟水であるのに対し海外では硬水地域が多いことが要因のひとつであるらしい。モーター部分に石灰が詰まりやすく故障しやすくなるようだ。
さて、平山の淡々とした生活も中盤に差し掛かると家出してきた姪っ子が現れ物語に大きな変化が訪れてくる。セリフも一気に増える。ぼんやりとだが観客に平山の切ない過去を想像させてくれる。
出演シーンが僅かながら「おっ」と思わず声を出したくなる出演者が予期せぬ場所で出てくるのも見どころのひとつだ。特にスナックのママとして石川さゆりが出てきたときは驚いた。そしてまさかの歌唱シーン。これは思わぬサービスではないだろうか。
大事な演出として音楽にも注目してもらいたい。監督自らが選曲している名曲の数々。仕事に向かう車の中で聴く(しかもカセットテープ!)耳馴染みの良い音楽。特にラストシーンでは役所広司演じる平山の何とも言えぬ表情と音楽のコントラストは自然と涙が溢れてくる。
前半、同じトイレ清掃員の同僚に利用され騙されるのでは!?と個人的にザワザワするシーンがある。平山のように誰にも迷惑をかけず穏やかに慎ましくも幸せに過ごしている善人がどうか死ぬまで邪魔が入らないよう祈るばかりだ。
監督:ヴィム・ヴェンダース
脚本:ヴィム・ヴェンダース、 高崎卓馬
製作:柳井康治
出演:役所広司、柄本時生、中野有紗、アオイヤマダ、麻生祐未、石川さゆり、田中泯、三浦友和
製作:MASTER MIND 配給:ビターズ・エンド
2023/日本/カラー/DCP/5.1ch/スタンダード/124 分
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