絶望を、笑えー。我々はもう、嘆いている場合ではない。いびつな日本社会の縮図がエンターテインメントへ!
荻上直子監督のオリジナル最新作にして、監督自身が歴代最高の脚本と自負する絶望エンタテインメントの誕生だ。監督は、須藤家を通して、現代社会の闇や不安と女性の苦悩を淡々と、ソリッドに描き出す。放射能、介護、新興宗教、障害者差別といった、誰もがどこかで見聞きしたことのある現代社会の問題に次々と翻弄される須藤家は、正に社会の縮図だ。
そして、熟年期を迎えて夫への愛情もなく、自身の更年期障害に苦しみながらも、なんとか理性的に家族の問題に耐え抜こうとする主人公・依子の姿は、世の女性の辛苦を一身に引き受けるかのようである。しかし、これを単なる絶望で終わらせないのが荻上監督の手腕だ。全ての孤独と悲哀と苦悩の先で依子の感情が炸裂する時、映画は絶望からエンターテインメントへと昇華する。依子が自身の感情を解き放つ時、あなたの心も自由になれる希望を抱くに違いない。
今朝も、須藤依子(筒井真理子)は庭の枯山水に波紋を描く。夫も息子も家を去った家で、一人、ゆっくりと、静かに。依子の信仰する新興宗教が崇める「緑命水」という水の力で、穏やかに過ぎる依子の日々。
それを突如乱す出来事が起こる。
10年以上も失踪していた夫・修(光石研)が、突然帰ってきたのだ。が、修が手塩にかけていた庭のガーデニングを枯山水にして、緑命水の瓶を部屋中至る所に置き・・・依子は自分の手で、須藤家を修がいた頃とは全く違う家に変えていたのだった。
修はその様子に戸惑いながらも、自身ががんであることを打ち明け、高額な治療費のかかる治療への援助を依子に求める。しかし依子は、家族を置き去りにした挙げ句、都合良く帰ってきて金銭を求め、デリカシーのない振る舞いをする修に殺意すら覚えるのだった。
そんな折、遠方で就職していた拓哉が恋人・珠美(津田絵理奈)を連れて突然帰ってくる。しかし、珠美は聴覚に障害を抱えており、どうしても珠美を受け入れられない依子は、拭い去れない自身の差別感情に苦悩する。
自身の身に次々と降りかかる、自分の力ではどうにも出来ない辛苦と沸き起こる黒い感情。そして更年期を迎えた自身の体の不調。二重苦に苦しみながらも依子は黒い感情を、宗教にすがり必死に理性で押さえつけようとする。
どうして・・・でも信じていれば大丈夫・・・。
須藤家の中、それぞれから広がる感情の波紋・・・。その波紋がぶつかる時、重なり合う2つの波は時に互いを打ち消し合い、時により高い波を生んでいく。耐え抜いた先にある依子のカタルシスとは―。
須藤依子(筒井真理子)は「緑命会」という新興宗教を信仰している。
周りの目がどうあろうとも、彼女を救い前向きにさせたのはこの宗教だ。
おそらく高価な水を飲み、おそらくそれ以上に高額な水晶に祈る姿は奇妙に見えるだろう。けれど、彼女はそれに支えられて心穏やかな日々を過ごしていた。
新興宗教にのめりこむようになった経緯が明らかになると、彼女が幸せならばそれでも良いのかもしれないと思ってしまう。
ある日突然いなくなった夫(光石研)がこれまた突然帰宅した事で、彼女の日常は変わってしまった。
頼みの綱である息子(磯村勇斗)は息子で、久方ぶりに実家にやってきたかと思ったら依子の思惑とは違う報告をする始末。
夫への苛立ちや、息子を想うが故の絶望。自分だけが頑張っているような感覚に心が乱れるものの、それをぐっとおさえて過ごす日々にはつらいものがあった。
震災、老々介護、新興宗教、障害者差別といった現代社会が抱える問題がこれでもかというほど襲いかかってくるのだが、些細な仕返しや職場の友人との会話での気分転換などがユーモアたっぷりで意外にも楽しく観ることが出来る。
突然戻ってきた旦那にも、最初こそ「お前が言うな」感が満載だったが、彼がまともな意見を述べることもありだんだんと観ている側との心の距離が近付いていくような気になった。
丹精込めた須藤家の庭。
水を使わず白砂や石などで水の流れや滝などを表す枯山水が、物言わずそこにある。
一雫の水滴から拡がる波紋は、誰の味方というでもなくただ静かに心を動かしていく。
確かに酷い夫ではあるし、接客業に就いている人ならわかるクレームあるあるも怒りポイントだったのだが、この作品はそれだけではなく自分自身のあり方を見つめ直す機会もくれる。
演技力抜群の俳優を多く起用する事でその不思議な感覚を共有出来、その点も評価出来るポイントだった。
筒井真理子
光石研
磯村勇斗 / 安藤玉恵 江口のりこ 平岩紙
津田絵理奈 花王おさむ
柄本明 / 木野花 キムラ緑子
監督・脚本 荻上直子
配給:ショウゲート
上映時間: 102分
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