つらく厳しい現実にくじけそうになりながら、それでも心を通わせることを諦めない若者たちを描く『せかいのおきく』。日々を生きる喜びと輝きを感じ、人と人のぬくもりに包まれる、90分の愛おしい青春映画が誕生した。演じるのはベルリン国際映画祭や三度の日本アカデミー賞に輝く名女優、黒木華。他にも日本映画を代表する名俳優たちが集結し、脚本と監督は数々の名作を作ってきた阪本順治。貧しくもたくましく生きる長屋の住人たちをみずみずしく描く、阪本監督の最高傑作。
江戸末期、東京の片隅。22歳のおきくは、武家育ちでありながら今は貧乏長屋で父と二人暮らし。毎朝、便所の肥やしを汲んで狭い路地を駆ける中次のことをずっと知っている。ある時、喉を切られて声を失ったおきくは、それでも子供に文字を教える決意をする。雪の降りそうな寒い朝。やっとの思いで中次の家にたどり着いたおきくは、身振り手振りで、精一杯に気持ちを伝えるのだった。そして糞尿を売り買いする中次と矢亮もまた、くさい汚いと罵られながら、いつか世の中を変えてみたいと、希望を捨てない。お金もモノもないけれど、人と繋がることをおそれずに、前を向いて生きていくー
せかいって なんですか おとっさま
江戸末期。東京の片隅で辛く厳しい現実にくじけそうになりながらも、心を通わせることを諦めない若者たちを描く『せかいのおきく』。
終始糞尿の話にも関わらず、繊細で心に沁みる良作。これぞ日本映画とも言える作品である。
寺子屋で読み書きを教えているおきく(黒木華)は、武家育ちでありながら今は貧乏長屋で父(佐藤浩一)と二人暮らし。
ある雨の日の厠、おきくは便所の肥やしを汲んで狭い路地を駆ける矢亮(池松壮亮)と古紙を売り買いする中次(寛一郎)に出会った。
ここでのやり取りはほんの数分なのだが、それぞれの仕事や思考が凝縮されたこのシーンはとても印象に残る。
全体的に静かな映画なのだが物語としてのメリハリが効いていて物足りなさは感じない。
お気に入りは、おきくが家で文字の書き損じをしてしまう場面。ここがこの作品イチ微笑ましい瞬間だった。
貧しいながらも日々の小さな幸せに感謝し暮らすおきくと、糞尿を売り買いする彼らとの不思議な縁。
希望を捨てずに生きる彼らは、蔑まれ理不尽な目に遭いながらも前を向いて生きていくのだ。そんな姿に感動してしまう。
丁寧な撮影と名俳優たちの深みのある演技が素晴らしく、ユーモアと切なさの緩急が見事な映画だった。
脚本と監督は阪本順治。
例え苦悩の中にあっても消えないみずみずしい感情を描き、今作では青春を切り取ったかのような夢や希望、未来が詰まっていたように思う。
また、この映画は大きなテーマとしてSDGsも意識して作られている。
限られた資源で暮らす江戸時代において、糞尿にもそして人間も土に戻って自然に帰り、自然の肥料になるのだ。
何でもかんでも簡単に手に入るようになった現代、リサイクルに向かないものであっても利便性があればつい手に取ってしまう事もある。
SDGsを声高に主張する必要はないのかもしれないが、毎日の生活の中で一人ひとりが少しずつでも地球に優しくなる事で、環境は変わっていくのではないだろうか。
「地べたの下で死人は、虫に食われながら土に還るんだよ」
劇中のその言葉を思い出した。
脚本・監督:阪本順治
出演:黒木華 寛一郎 池松壮亮 眞木蔵人 佐藤浩市 石橋蓮司 他
配給: 東京テアトル/U-NEXT/リトルモア
スタンダード/日本/2023年/90分
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