これはフェイクではない、実際に起こった事件である。
これは歴史の1ページではない、
現代のパワーハラスメントにも通じる社会の闇である。
―果たして”蜜の味”とはいかほどに甘いのだろうか?
ハリウッド映画『RED/レッド』などのヒット作で知られるロベルト・シュヴェンケ監督が母国ドイツで撮り上げた本作は、ドイツ敗戦直前の混乱期に起こった信じがたい実話の映画化。偶然にもナチス将校の軍服を手に入れた名もなき一兵卒が、瞬く間にヒトラーをも想起させる怪物的な“独裁者”に変貌を遂げていく姿を描き出す。
軍服が象徴する権力の魔力に魅了される者、そのパワーに盲従する者、ただ傍観する者。そんな人間の醜さ、愚かさ、弱さを容赦なくえぐり出す映像世界に息をのまずにいられない。しかもこの映画は、日本からはるか遠いヨーロッパの悪夢のような史実を今に伝えるにとどまらない。
今日においても似たような歪んだ権力構造の闇はあちこちに渦巻いている。ひょっとすると“ちいさな独裁者”は、私たちの社会の身近なところに存在しているのかもしれない。
緊迫感みなぎるサスペンスと衝撃に打ちのめされた観客は、その生々しい現代への警鐘にも戦慄を覚えることになるだろう。
他人の軍服をまとった若き脱走兵が、総統からの指令だと偽って
“特殊部隊H”を結党、
巧妙な嘘でリーダーに成り上ががっていく。
―実在の人物に基づいた驚愕の物語!
第二次世界大戦末期の1945年4月、敗色濃厚なドイツでは兵士の軍規違反が相次いでいた。命からがら部隊を脱走したヘロルトは、道ばたに打ち捨てられた車両の中で軍服を発見。
それを身にまとって大尉に成りすました彼は、ヒトラー総統からの命令と称する架空の任務をでっち上げるなど言葉巧みな嘘をつき、道中出会った兵士たちを次々と服従させていく。
かくして“ヘロルト親衛隊”のリーダーとなった若き脱走兵は、強大な権力の快楽に酔いしれるかのように傲慢な振る舞いをエスカレートさせるが……。
あまりにも辛く、現実とは思えない残虐さが数々押し寄せる第二次世界大戦の記録。
『ちいさな独裁者』もそのうちの1つで、ドイツ人兵士ヴィリー・ヘロルトの実話に基づいた作品である。
第二次世界大戦の終戦間際、ドイツでは数千人の脱走兵がさすらっていたという。
イタリアで従軍していたドイツ人兵士 ヘロルトもその1人。
部隊からはぐれ彷徨い歩く中、彼は思わぬものを発見する。
軍の車輌と勲章や記章、そして鉄十字章だ。
鉄十字章は戦功のあった軍人に授与された勲章で、当時のドイツでの権力誇示に非常に有効だった。
大尉に成りすました彼が暴君となるまではさほど時間がかからなかった。
そうしなければ生きていけなかったのか。
それとも権力に取り憑かれたのかはわからない。
サイコパスのような非人道的な彼の処刑法は画面から目を背けたくなるような狂気じみたものだったのだが、実際には映画よりも残虐で執拗なものだったというのだから全くもって共感の余地が無い。
俳優も監督も精神的に追い詰められたというそのシーンには人間の愚かさや闇が表わされており苦しさが襲ってくる。
ヒトラーやヒムラーは、人間の暗部 闇の心を引き出した。
それが恐怖で人を支配すると言う事の本当の恐ろしさだろう。
何が正しく、どこが目指すべき場所、理想の世界なのか。
それらを見失った時に現れる人間の弱さ。
他の者を犠牲にしてまでも今を生きる、生き抜く。
決してそこに正義は無く美しさも無い。人が人でいられるような精神の安らぎも無い。
この映画では人間の欲や弱さをリアルに描き出していて、所謂”遊び”が無い。あるのは逃げ場の無い”真実”のみ。
観終えた後にはこんな事を2度と起こしてはならないという決意とたっぷりの疲労感が残るだろう。
『ちいさな独裁者』を観ていて、ある作品を思い出した。
漫画原作で、アニメや実写映画やドラマにもなった『デスノート』だ。
この作品は勿論実話では無くファンタジーである。
デスノートで夜神 月は犯罪者を裁く為に拾ったノートを使う。
彼の目的は世界から犯罪をなくすという理想郷を築きあげる事だった。
いつしか彼は新世界の神になろうとし、キラ崇拝者も現れた。
結果、キラは彼を追う者・目的遂行の為に邪魔になる者を容易く殺すようなただの殺人犯になる。
その心の中に、夜神月はもういない。
ヘロルトも、キラも、強力な物を拾った事で人生が変わった。
その”物の力”を”自らの力”であると思い込んでしまう事で人格をも変わってしまう。
そして少なからずそんな彼に従ってしまう者がいるのは世の常なのだろう。
極端な話だが、もしも自分が強力な物を手に入れたとしたらどうなるのだろうか。
それが核ミサイルなのか拳銃なのか大金なのか会社の株なのか人が羨む程の容姿なのかはわからないが、今の感覚とは違ってしまうのは確かだろう。
ロベルト・シュヴェンケ監督は言う。
ー彼らは私たちだ。私たちは彼らだ。過去は現在なのだ。ー
この言葉の持つ意味を、もう1度考えてみたい。
ちいさな独裁者
監督:ロベルト・シュベンケ
出演:マックス・フーバッヒャー
フレデリック・ラウ
ミラン・ペシェル
アレクサンダー・フェーリング
ワルデマー・コブス
2017年/ドイツ=フランス=ポーランド/ドイツ語/119分/カラー/シネマスコープ/5.1ch
原題:Der Hauptmann
配給:シンカ/アルバトロス・フィルム/STAR CHANNEL MOVIES
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